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「農業×福祉」による多様な社会参加と役割づくり

昨年9・10月に、農福連携を推進する省庁である厚生労働省と農林水産省など4省庁の職員食堂やレストランを活用して「農福連携レストラン」を開催しました。昨年度に続き、2回目の開催となった本企画に込めた企画委員の思いや開催までの連携、そこで得た職員の気づきなどを紹介します。

とびラボとは?
厚生労働省では、職員が今の担当分野にとらわれず、自分自身の関心で新しい出会いや学びを求めてチャレンジすることを応援する提案型研修・広報制度があり、通称「とびラボ」(とびだす“R”ラボ)と呼ばれています。これは、職員が関心のある政策分野に継続的にかかわること及び厚生労働行政の政策分野における現場の支援者、当事者などと出会い、現場での実践に関する学びを深めることを支援することで、職員の厚生労働行政に関連する幅広い実践的な知識の習得および職務を行う意欲の向上を期待するものです。
とびラボでは、職員が企画したこのような活動を発信しています。


「食」を通じて農福連携のさらなる推進へ(企画提案者の思い)

農福連携は、一人ひとりの暮らしと生きがいや地域をともに創っていく社会をめざす「地域共生社会」に向けた取り組みの一つです。実際に、障害福祉分野で始まった農福連携の実践も、高齢者、生活困窮者、ひきこもりの状態にある方などへその裾野を広げ、生きづらさを抱える方々に社会参加の場を提供しています。
他方で、人手不足に悩む農業労働力の確保や地域コミュニティ維持の課題解決にも資する取り組みです。

このように「食」という身近なものを通して学ぶ機会を提供することで、職員の学び、厚労省の広報、そして農福連携のさらなる推進につながると考え、昨年度に続き実施することとしました。今年度は中華レストラン龍幸と地下食堂で、それぞれ農福連携レストランを開催することにより、より幅広い職員が農福連携を知ることにつながればと思います。

「農福連携」とは、障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取り組みです。
農福連携に取り組むことで、障害者等の就労や生きがいづくりの場を生み出すだけでなく、担い手不足や高齢化が進む農業分野において、新たな働き手の確保につながる可能性もあります。
農福連携の推進:農林水産省 (maff.go.jp)


親和性の高い領域 職員への周知の一助に(厚労省)

農福連携の重要性や、農福連携に期待していることについて、厚生労働省の担当者に聞きました。

障害保健福祉部 障害福祉課長 伊藤洋平

福祉・農業の両方の課題を解決し得る取り組み
農福連携は、主に農業と障害福祉が連携することにより、共生社会の実現を図るものです。障害がある方にとっては、それぞれの特性を活かした社会参画への後押しとなるものであり、農業分野においては、次世代の担い手づくりや耕作放棄地の活用、産業の維持・発展につながる取り組みです。

農福連携の取り組みにおいては、障害福祉の視点からは、障害者の就労の機会を増やすことや、賃金・工賃を上げていくことなどを目標としています。農業には作業を細分化して切り出しをしやすいという特徴があることから、障害者の就労に向いています。

こうした特徴も踏まえながら、「農」と「福」が連携した取り組みを進めることによって、農業における課題、福祉における課題、双方の課題の解決につながるものと認識しています。

政府として2019年に策定した「農福連携等推進ビジョン」においても「Win・Win」という言葉を使っており、取り組みの意義が表れています。同ビジョンが策定されて5年目を迎える今年は、その見直しに向けた議論も始まっています。

認知度を上げる一環として農福連携レストラン開催
多くの方に農福連携を「素晴らしい」と言っていただけているのですが、「農福連携等推進ビジョン」では課題の一つとして「認知度を上げること」を挙げており、いかに知ってもらうかが大切です。

また、農産物は、つくって終わりではなく、販売して収益を上げることが大事であり、売れなければいけません。そのためにも、まずは農福連携の取り組みを知ってもらうことが必要で、そういう点からも本企画は意義があると思っています。

「農福連携等推進ビジョン」にも書いてあるとおり、近年は、障害者だけではなくて、高齢者への支援や生活困窮者などの就労訓練への広がり、ひきこもりの人や触法障害者(罪を犯してしまった障害者)などの立ち直り支援の方策の一つとして農業が注目されるなど、従来の枠組みにとらわれない取り組みも展開され始めてきています。地域共生社会の実現にもつながっていくことでしょう。
厚生労働省にとっても、障害者福祉や障害者雇用だけでなく、多くの分野が関係している親和性の高い取り組みなので、当省の多くの職員にもその重要性を意識・認識してほしいです。

政策の議論など業務のなかで知るというのももちろん大事ですが、こうした職員が自ら企画して実施するとびラボ企画(省内での農福連携レストラン開催)を通じて知ってもらうというのも、職員にとってハードルが低く、良いきっかけになるのではないかと思いました。

農福連携の野菜を使った特製メニューが期間限定・数量限定で並んだ
厚生労働省26階の中華レストラン龍幸で農福連携メニューを提供

取り組みを進めるため行政もサポート
政府としては、農福連携に取り組む主体を、新たに3,000創出するという目標を掲げて、取り組みを推進しています。しかし、簡単に実現できることではありません。
たとえば、農業のノウハウがない、障害者に合わせた作業の切り出し方やスケジュールがわからないなど、それぞれの問題意識を踏まえた対応が必要です。

また、今後に向けた施策の広がりとして、高齢者や生活困窮者を例として挙げましたが、障害者に合わせた作業の切り出し方を、そのまま活用することができないことも考えられます。
施策の意義や重要性が認識されたからといって、自然と取り組みが進んでいくというものでは必ずしもありません。関係省庁などが連携して、さまざまな支援を行っていくことも必要です。

今後も、現場の課題などを丁寧に聞き取るとともに、できる限りのサポートをしながら、この取り組みを進めていきたいと考えています。

農福連携メニューを提供したレストラン龍幸には伊藤障害福祉課長をはじめ多くの職員が訪れた

誰もがいきいきと生きられる共生社会へ(農水省)

厚生労働省と農林水産省など4省庁の職員食堂を活用して行われた「農福連携レストラン」。開催に際しての思いを企画担当者に聞きました。

農林水産省
農村振興局農村政策部 都市農村交流課 農福連携推進室 室長 渡邉桃代さん
農福連携企画班調整係 元田知里さん

農福連携は、厚生労働省と農林水産省、法務省、文部科学省の4省庁が連携して進めています。
農福連携の取り組みでは、障害を持つ方などが丁寧に農産物をつくっています。その収穫物を「まずは私たち職員を含めてより多くの方々に実際に食べて味わっていただいて、その良さを知っていただく」という機会を持ちたいと思い、4省庁が一緒になって行えるプロジェクトが何かないかと考えていました。

そうしたなかで、とびラボ企画を通じて厚生労働省に、さらに法務省と文部科学省にもご協力をいただき、4省庁の食堂で「農福連携レストラン」を開催することができました。
農業分野での大きな課題の一つに、国内の農業者の高齢化と減少があります。私たちの命の源となる食を豊かなものとしていくためには、地域の農業がこれからもしっかり持続していくことが非常に重要です。

農福連携の取り組みを通じて、社会福祉法人の皆さんが地域の農家から作業を受託したり、自ら農業に参入し、地域の農業の担い手となって活躍したりする例も増えています。

今回4省庁に食材(豚肉)を提供いただいたのは、鹿児島県南大隅町の社会福祉法人白鳩会です。農福連携の優れた取り組みを表彰するノウフク・アワードで初代グランプリに選ばれた白鳩会は、長い年月をかけて、地域の荒廃農地の借り入れなどにより経営規模を拡大していき、現在では45ヘクタールの農地で、障害者、生活困窮者、触法者など140名が、農業、畜産、食品加工、レストランなどで、それぞれの特性に合った業務に従事しています。こうした取り組みを通じて、さまざまな事情を抱えた方々の生きがいとともに、地域に多くの雇用と人々の交流を生み出しています。

今回の企画を通じて、障害を持つ方などがそれぞれの特性を活かしながら農業にかかわっていること、工夫を重ねながら非常に丁寧に農産物をつくっていること、そして、とても品質が高いものをつくっていることを、改めて多くの方にも知ってもらう機会となればうれしいです。

エビデンスを積み重ね農福連携の良さを発信
農福連携は障害者の社会参画や農業現場での働き手の確保といった課題解決の一助になることが期待されていますが、さらに、もっと大きな捉え方として、障害の有無や、年齢や所属などにかかわらず、みんながいきいきと生きられる「共生社会」をつくっていく取り組みであると感じます。

今後は、農福連携が社会や経済にもたらす影響や、農業が心身の健康にもたらす効果など、農福連携を推進するうえでのエビデンスとなるデータを関係省庁と連携しながら積み重ねていき、農福連携の取り組みが社会的に良い影響を与えるということをもっと伝えていきたいです。

良いことづくしの取り組み 来年も継続して実施したい(食堂委託業者)

株式会社SANKO MARKETING FOODS
農林水産省あふ食堂 店長黒澤成介 さん

弊社の農福連携の取り組みに関しては、一昨年も農林水産省の食堂で開催しましたが、今回は弊社が受託する4省庁の食堂での実施となりました。
準備期間のなかで産地の事業者とさまざまなやりとりをしました。実際の商品(食材)をすぐに見られるわけではないことや、量や時期の調整などもあり、声かけをさせていただいた事業者のなかには、調整ができずに断念したところもありました。

食材(野菜)は自然相手なので、うまくすり合わせられないことも少なくありませんでした。使ってほしいという事業者の気持ちは重々理解しているので、できるだけ調整をしたかったのですが、なかなか大変でした。食材の調達のためだけでも産地との間を10往復しましたね。

大体の食材が決まったところで、次はそれをどのように商品化していくかという段階に入ります。商品開発についてはある程度、店舗ごとに権限が委譲されており、各省庁の食堂の料理担当者が産地の「想い」や商材の「良さ」を踏まえ、決定しました。

準備が整い農福連携レストランを開催すると、こうした取り組みを知っている人が、開催者である4省庁ですら6割くらいしかいないということが入り口のアンケートでわかり、意外な思いがしました。そうした意味でも、この取り組みに近い存在である4省庁のなかにいる方々に、食べることで知っていただける機会になったのではないかと思います。

良いことづくしの取り組みだと思うので、これからも継続して実施したいですね。心残りは、厚生労働省の食堂でももうちょっと大々的に告知・宣伝したかったことです。

農福レストラン開催中に設置したアンケートボード(厚労省)

他省庁とさまざまな形で 連携できることを実感(厚労省)

大臣官房国際課
国際労働・協力室 開発協力第二係長 竹谷真美

前回は、講師による講演を含む勉強会と中華レストラン龍幸での農福連携メニューの提供を行いました。今回は、このレストランに加えて職員食堂でも農福連携メニューを提供したことで、さらに多くの職員が農福連携を知る機会となったと思います。
農福連携メニュー提供期間中に、レストランに「農福連携を知っていましたか」というアンケートボードを置いたのですが、意外と知らない人も多かったことに驚きを感じました。

今回から協力いただいた職員食堂での開催は、約1か月前に農林水産省から「一緒にやらないか」と声をかけていただき、実現に至りました。準備期間に若干の不安があったものの委託業者の方々にも尽力いただいた結果、何とか実施することができました。

今回の企画を通じて思ったのは、さまざまなかたちで省庁が連携できるということです。私は厚労省に入って15年以上経つのですが、「他省庁と交流する機会が少ないな」と思うことがありました。そのため、こうした企画がきっかけで4省庁が連携できたのは、すごいことであり、意義あることだと思います。

次回開催に向けての目標は、もう少し準備期間をとって実施するということです。実施期間中に厚労省と農水省の両方の職員食堂に食べに行きましたが、農水省の食堂ではこの企画が大々的に広報されており、売り切れになっている人気メニューもあり驚きました。農水省の広報の強さも再確認したので、参考にして、厚労省も職員食堂やレストランでの広報を、魅力あるものにできればと思います。

厚労省と農水省で密に連絡を取り協力

企画委員から

広報誌『厚生労働』2024年2月号
発行・発売:(株)日本医療企画
編集協力:厚生労働省