見出し画像

農福連携の可能性を知る。担い手の育成と新たな価値の発信

2024年6月に「農福連携等推進ビジョン」が改訂され、毎年11月29日が「ノウフクの日」と定められました。
厚生労働省では、11月21日に職員向けの勉強会「農福連携セミナー」を、12月2〜6日には省内食堂で農福メニューの提供をする「ノウフクフェア」を開催しました。本企画に込めた企画委員の思いや講演内容、同企画を通じて得た気づきなどを紹介します。

とびラボとは?
厚生労働省では、職員が今の担当分野にとらわれず、自分自身の関心で新しい出会いや学びを求めてチャレンジすることを応援する提案型研修・広報制度があり、通称「とびラボ」(とびだす“R”ラボ)と呼ばれています。これは、職員が関心のある政策分野に継続的にかかわることおよび厚生労働行政の政策分野における現場の支援者、当事者などと出会い、現場での実践に関する学びを深めることを支援することで、職員の厚生労働行政に関連する幅広い実践的な知識の習得および職務を行う意欲の向上を期待するものです。とびラボでは、職員が企画したこのような活動を発信しています。


【講演】「農福連携」セミナー
現場の声を聞き 農福連携への理解を深める

昨年11月21日に厚生労働省内で行われた「農福連携」セミナーでは、長年農福連携の普及に取り組んできた有識者と、それを実践している高知県いの町行政、一般社団法人こうち絆ファームの2つの関係者が登壇しパネルディスカッションしました。

ファシリテーター
本後 健
社会・援護局障害保健福祉部 企画課長

農福連携における「地域」を「宇宙」にたとえると、「福祉銀河」には福祉の、「農業銀河」には農業の、「商業銀河」には商業の人だけが集まり、各銀河間の「連携」が必要になる。ところが、いの町や安芸市では銀河と銀河が重なり、「連携」のレベルを超えた「宇宙」になっている。ここに両自治体の取り組みのすごさがあります。

めざすは障害者自身も出資する
「協同組合型」農業


濱田 健司さん
東海大学文理融合学部経営学科 教授
一般社団法人日本農福連携協会 顧問

農福連携は、農業と福祉を連携させ、障害を有する方々の就労訓練や就労を目的とした農業生産活動を行い、働いた方が対価を得るというもので、目的は農業サイドと福祉サイド双方の課題解決です。

日本の農業は担い手の激減に直面しており、2010〜2020年の間で3分1も減少し、2020年時点での平均年齢は65歳を超えています。一方、障害者の就労状況を見ると、一般企業や行政などで働く方もいますが、その多くは厚生労働省の障害福祉サービス事業の就労継続支援によって内職や受託の仕事に就いています。

これらの事業所は障害者の方が住む地域から離れた場、仕事も事業所内が多く、地域との交流が図りづらく、社会に参画していく姿が見えづらいのが実態です。地域との交流や社会参加は、地域の農家の仕事を手伝う形ならば実現できます。実際、そうした施設外就労の形態が、さらには事業所が耕作放棄地を再生する取り組みが今、日本中で広がりつつあります。

ただ、平均賃金が多くて月額9〜10万円位なので、これで障害者が自立可能かという問題があります。最近、自立へ向け、少しずつ増えているのが農業法人や一般の企業が障害者を雇用して農業生産を行うというものです。私は最終的に、障害者自身が出資をして経営に参画して労働する「協同組合型」の農福連携モデルをつくっていきたいと考えています。

CASE STUDY 1 高知県いの町
「生きづらさを抱えた人を理解して迎え入れる」が基本理念


澁谷 幸代さん
いの町役場

2024年4月末現在、人口2万1,021人、高齢化率41.24%で、高知県中央部に位置するいの町の農福連携は、「農業の担い手不足を補うために障害者を雇用する」ではなく、「生きづらさを抱えた方を理解して農業に迎え入れる」を基本理念としています。農家へ勇気を持って働きに来た方々の決断を温かく迎え入れ、何かに気づき、感じて自信をつけてもらう活躍の場として位置づけているのです。

このアプローチの根底には、いの町が2011年から取り組む「ひきこもり支援事業」があります。生きづらさを抱える方々は、学生時代にいじめに遭い傷つき不登校になったり、一般就労の経験はあるものの人間関係がうまくいかず職を転々としたり、家庭環境が複雑だったりなどさまざまですが、共通しているのは、社会に出ることを躊躇するほどの不安や傷つきを経験してきたことです。

そうした方々は一方では、「人とコミュニケーションを取るのは苦手だが、コツコツやる作業は得意だ」「挨拶はできないが、パソコン作業は好き」「声は小さいが、体を動かして汗をかくことは好き」「こだわりは強く、一つのことを継続できる」などの長所も持っています。
その方たちが一歩踏み出そうとしたとき、ほんの少しの理解と優しさのある就労先や居場所があったら……。そんな思いで取り組んでいるのが、いの町の農福連携です。

CASE STUDY 2 高知県安芸市
深刻な自殺率の高さへの対策として


北村 浩彦さん
一般社団法人こうち絆ファーム 代表

就業者の25%を農業者が占め、冬春ナスの収穫量が全国1位の安芸市は、自殺率が県全体で高い高知県内でも特に高い東部地域にあります。

この問題に対して、2013年に自殺予防に特化した「東部地域ネットワーク会議」が県主導で設けられ、年に3度の集まりには農家や寺院関係者、教師、不動産業者、弁護士、居酒屋経営者、スナックのママさん、美容室のオーナーなど多種多様な方々が参加して、「生きづらさ」に関する勉強会を開いています。そのなかで、「安全安心なまちづくり」の一環として農福連携もテーマにあがり、その具体化につながっています。

また、安芸市では、ひきこもりなどの人が市内の行政機関に相談すると、その情報が毎月1回開く市の就労支援専門部会に集約され、「この相談者には今何が必要なのか」を評価して農家などのつなぎ先を探す体制も構築されています。
さらに、市の農林課が事務局となった「農福連携研究会」が発足し、JAの担当職員も入って、農家を中心に「生きづらさの理解」をテーマとした勉強会も開いています。

こうした取り組みにより理解が浸透するのに伴い、安芸市では今、100人余りいる生きづらさを抱えた方々のうち約半数の方が農業、林業、水産業、商業などでの一般就労を実現しています。

11月29日を「ノウフクの日」に制定し、
関係省庁が一体となって農福連携を推進!(農水省)


渡邉 桃代さん
農村振興局農村政策部 都市農村交流課 農福連携推進室 室長

農福連携の取り組みは、昭和の時代から、先進的な農業経営体や障害者就労施設において行われており、障害者の働く場の確保や賃金・工賃の向上に加え、体力や社会性の向上、地域との交流の促進等、障害者の生活の質の向上につながる取り組みとして、全国に広がっていきました。

2019(令和元)年には、内閣官房長官を議長とする省庁横断の「農福連携等推進会議」が設置され、政府としてのビジョンが取りまとめられました。昨年6月には、同ビジョンの初めての改訂が行われ、農福連携の更なる推進に向けて、企業・消費者も巻き込んだ国民運動を展開していくため、11月29日(November(ノウ)29(フク))を新たに「ノウフクの日」と制定することとされました。

制定後初めてとなる昨年の「ノウフクの日」には、首相官邸において、内閣官房長官、法務大臣、文部科学大臣、厚生労働大臣、農林水産大臣等と、農福連携の先進的な取組を行う事業者との交流会が行われました。

交流会では、農福連携の事業者から、農業法人と障害者就労施設が共同して地域の課題に懸命に挑戦している話や、障害者や刑務所出所者等が農業を通じて安心して働けるよう取り組んでいる話などがありました。

農村地域では人口の減少・高齢化が急激に進行することが見込まれるなかで、農福連携の推進により、障害者を始めとする多様な方々の社会参画と同時に、これを通じた地域農業の振興が期待されています。
日本の食や地域を支える農業の発展や障害者等の一層の社会参画、そしてすべての方々が生きる力や可能性を最大限に発揮できる地域共生社会の実現に向けて、今後とも、関係省庁が一体となって、農福連携を推進していきたいと考えています。

「農福連携等推進ビジョン」改訂で
取り組みの拡大と認知度の向上へ(厚労省)


藤井 剛
職業安定局障害者雇用対策課 主任障害者雇用専門官

農福連携は、農業と福祉が連携し、障害者などが農業分野で活躍することを通じて自信や生きがいなどを持って社会参画を実現していく取り組みです。障害者福祉や障害者雇用を担当する厚生労働省としても、農福連携はこれらの施策を推進するうえで重要であると考えています。

また、昨年6月に改訂された「農福連携等推進ビジョン」においては、障害者のみならず高齢者、生活困窮者などにも対象を広げていくことの重要性が指摘されています。高齢者や生活困窮者に関する施策も当省の担当分野ですから、厚生労働省が農福連携に取り組む意義は今後、より大きくなっていくものと思います。

他方で、農福連携は認知度の向上が課題とされています。このため、改訂ビジョンでは11月29日を「ノウフクの日」と制定し、11月21日から12月31日までを「ノウフクウィーク2024」として、全国各地でイベントが行われました。この一環として、今回、厚労、農水、法務、文科の4省庁合同で「ノウフクフェア」が実施され、期間中、当省の食堂にも多くの職員が足を運んだところです。提供された農福メニューを食べることで、農福連携という取り組みに興味・関心を持つ職員が増えたのではないかと思います。

また、改訂ビジョンでは、2030年度までに取組主体数を1万2,000以上にするとの目標が掲げられています。この目標を見据え、厚生労働省としては農業と福祉のマッチングや農業分野での就労支援などを進めてまいります。障害者雇用を担当する私としては、農福連携により自信やスキルを身につけて能力を発揮したり、一般就労にチャレンジしたりする障害者が増えることを期待しています。

企画委員から

広報誌『厚生労働』2025年2月号
発行・発売:(株)日本医療企画
編集協力:厚生労働省