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「お酒を売るんじゃなくて “つながる酒屋” をつくろうと思いました」 まちに明かりをともす酒屋イワタヤスタンド 社会福祉士×民生委員×保護司 ~地域共生社会を考えるvol.2【前編】~

厚生労働省

静かな住宅街の中に、オレンジ色の優しい明かりと、月と星のマークが目印の酒屋さんが見えてきました。軒下には、おなじみの瓶ビールケースの椅子に座って談笑する人たち。
店内がよく見える大きなガラス張りの扉の奥には、お酒を片手に立ち飲みしている人たちがいます。

「店の中が全部見えるようにしているんです。お客さんが歩いているスピードで中の様子をうかがえて、一瞬で判断できる。知っている人がいたら一緒に飲めるかな、みたいな。中の様子が分からなくてじっと見ていると、店員からも見られてそうでイヤじゃないですか。お客さんが入るか入らないか決められる。なるべく敷居を低くしたいと思っています」

そう話すのは、岩田屋商店の3代目店主、岩田謙一さん。
岩田屋商店は昭和10年から続く老舗の酒屋です。2022年11月にリニューアルオープンし、角打ち(※1)「イワタヤスタンド」を併設しました。イワタヤスタンドの店主は、謙一さんの妻の舞さんです。

賑わいの絶えない新生・岩田屋を切り盛りする謙一さん、舞さんご夫婦には実はもう一つの顔があります。おふたりはともに社会福祉士の資格をもち、謙一さんは民生委員・児童委員(※2)(以下、民生委員)、舞さんは保護司(※2)という地域の福祉の担い手でもあるのです。

(※1)買ったお酒を店内で飲める酒屋のこと(※2)民生委員・児童委員とは、地域における身近な相談相手。保護司とは、犯罪や非行をした人の立ち直りを地域で支える人

「地域共生社会」なんて言われちゃうと、なんだか壮大で、雲をつかむ話のような気がします。でも実は私たちの周りには素敵な取り組みをしている方々がたくさんいて、その取組ひとつひとつが重なっていくことが、実は「地域共生社会の実現」につながる一歩、二歩になるのでは?そんな発想で始めた、事例を通して“地域共生社会を考える”短期連載の第二回目の【前編】です。

おふたりはなぜ酒屋だけではなく角打ちイワタヤスタンドを立ち上げたのか。なぜ商店を経営しながら、民生委員や保護司を務めているのか。その謎に迫るため、厚生労働省・民生委員制度を担当する田代と、民生委員・児童委員の全国組織の事務局を務める全民児連(全国民生委員児童委員連合会)の中島さん、厚生労働省・地域共生社会推進室の宍倉で、リニューアルオープンから4か月が経った岩田屋商店に取材に行ってきました。

商店を経営しながら民生委員や保護司として活動する理由、岩田屋が目指す未来について聞いた【後編】はこちら

謙一さんが福祉施設で働く中で気付いたこと

岩田屋商店が今の姿になるまでには、準備期間がありました。創業時は海産物問屋から始まり、酒、食品を扱うコンビニのような形態で町のお店として重宝されていましたが、そんな時代も長くは続かず徐々に売り上げは落ち込んでいきました。
そんな中、謙一さんが岩田屋を継いだのは2019年。元々は福祉の仕事をしていました。

「僕が小さい頃は、色んなお客さんが来てくれる酒屋というイメージがありました。でもたまに帰ってみると全然お客さんがいなくて、すごく寂しい店、寂しい町になっちゃったなと感じていました」

謙一さんは、幼稚園の頃から毎日通っていた隅田川沿いで、ブルーテントで暮らす路上生活者(ホームレス)を見て不思議に思ったことをきっかけに、大学で福祉を学びました。尊敬する恩師と出会い、”福祉感“ を育み、大学卒業後は路上生活者の緊急一時保護センターで働きました。

そこで気付いたのが、地域の力の大切さです。

「何人もの人と出会い、生活歴を聞いていく中で、地域力の乏しさによって、社会から孤立してしまった人がたくさんいるのではないかと思うようになりました。社会資源があっても本人に届いていない。もっと地域で何かできたなら、路上生活に陥ったり、アルコールに溺れてしまったりすることはなかったんじゃないか、と感じたのです。もっと地域でできることはないのかなって」

そんな思いを抱えている一方で、福祉の仕事をして家を出たことで心残りとなっていた酒屋は、いよいよ存続の危機に直面していました。

「だから、自分が継ぐなら酒を売るんじゃなくて “つながる酒屋” をつくろうと思いました」

福祉の仕事が大好きだった舞さん、イワタヤスタンドの店主になる

舞さんは、謙一さんと同じ大学の同じゼミで学んだ仲間であり、酒屋に入る前は同じく福祉の仕事をしていました。

「大学在学中、生活保護の更生施設に1か月間の実習に行きました。その仕事にすごく魅力を感じて、大学卒業後はその法人で15年間働きました。そこで色んな方の相談に乗ったり、一緒に病院行ったり、諸手続きのお手伝いしたりしていました」

謙一さんが酒屋を継ぐことになり、舞さんも退職して一緒に、ということになった時、「15年間続けてきた福祉の仕事を辞めてまでやるの?」と周囲からはとても心配されたそうです。

しかし、当時謙一さんは、新店舗の準備に加え、仮店舗の店番、その他事務作業などでキャパオーバー状態。新店舗を立てる前に夫が倒れたら何も始まらない、と考えた舞さんは、謙一さんと一緒に店を継ぐことを決めました。

「もちろん福祉の仕事が大好きで、社会人になって、人が幸せに生きるための力になる仕事をずっとやっていきたいっていう思いはありました。でも、実は地域の方がそういうニーズって転がっているかもって思ったんです。社会福祉士っていう仕事を、施設の箱の中だけに収めなくてもいいかなって思って。福祉の仕事って一生できるし、今ここで一旦辞めても何か違う形でまたできるんじゃないかって、ちょっと前向きに考えてみたらすごく楽しくなってきて。どんな店にしたいか考えて準備を一緒にし始めたら、もうそっちの方向にしか気持ちがいかなくなって。それでスパッと法人を辞めて、こっちに来ました」

こうして2人は大好きな福祉の世界を飛び出して、地域の中で ”町の酒屋“ を通して人をつなげる場づくりを始めることになったのです。

老若男女が集まる岩田屋になるまで

先ほどから話題にのぼっている仮店舗。実は、リニューアルに向けた工事期間中の1年間は、すぐ近くの土地に仮店舗を構えて営業していました。そこで、初めて「角打ち」スペースをつくってみたそうです。

「僕は、今後岩田屋が生き残るには、お客さんがちょっと一杯飲めるスペース、つまりお店がお客さんとつながれる場所が必要だと思っていました。だから、とにかく始めたくて、仮店舗で角打ちスペースを作ってみました。最初は鳴かず飛ばず。でも、SNSで発信したり、手当たり次第色んなことをしていたらちょっとずつお客さんが増えてきました。徐々に仮店舗で今の原型みたいな空間ができて。すべてはこのイワタヤスタンドまでの滑走路の期間でした」

仮店舗
酒棚の上に小さな立ち飲みスペース。この頃からひっきりなしの来店客で外まで人が

並行して新店舗の準備も進め、ついに2022年11月、イワタヤスタンドを併設した新店舗がオープン

お店のイチオシは、やはり、岩田ご夫婦も大好きな美味しい日本酒たち。ほとんどの銘柄は、酒蔵まで足を運び生産者と顔の見える関係をつくりながら仕入れたものです。

「角打ちに来て、温かい料理が出てきたら嬉しいですよね」
イワタヤスタンドのもう一つの売りは、こだわって厳選した発酵食品や国産調味料を使った手作りの温かい手料理。店主の舞さんが立ち飲みスペースのキッチンに立って腕をふるいます。

自慢のもつ煮

「どれかが突出するんじゃなくて、どれもがみんな補う感じで。角打ちで日本酒を楽しめて、美味しいご飯を楽しめて、いい空間だなって思ってもらえたら嬉しいです」と謙一さん。

お酒だけを買いたい人も気兼ねなく入店できるように入り口側を小売りスペースとし、奥半分に立ち飲みスペースをつくっています。立ち飲みスペースには、大きなテーブルがいくつかと、キッチンの前にカウンターがあります。

手前のスペースには、お酒がずらりと並ぶ
奥の立ち飲みスペースで(ノンアルコールで)インタビューさせていただきました

「仮店舗は小さくて、酒が置いてある棚で飲むような感じでした。それはそれで味があったのですが、ここは少し広くなったのでいい意味でそれぞれのスペースが確保されています。一人で飲みたい人は誰にも邪魔されずに飲めますし、誰かと話したいなって思う人は真ん中の大テーブルに来て、隣の人にこんにちはって話しかけることもできますし」

リニューアルオープンして4か月、お客さんも増えてきて、毎日色んな人が訪れるそうです。
仕事帰りに一杯だけ飲みにくる方、子どもを連れた散歩帰りに立ち寄ってくれる方、居酒屋のようにここで待ち合わせしてご飯とお酒を楽しむ方、毎日当たり前のように通ってくれる方も少なくないそうです。

「たまに、おじいちゃんが子どもたちに駄菓子を買ってあげたりして。すごくいいなって思うんです。普通、飲み屋にちっちゃい子どもって連れて来ないじゃないですか。でもここは子どもの椅子もたくさんあるし、土曜日なんて保育園みたいな感じで。子どもを理由に飲みたいお父さんが集まるんですよ(笑)
そこから、お子さんが同じ保育園ということが分かってお父さん同士も仲良くなったり」と、謙一さん。

舞さんも、岩田屋商店の空間は “お客さんによってつくられている” と話します。
「お客さんそれぞれがこの場の活用の仕方をうまく考えてくれていて。出会いの場として捉えている人もいれば、一人で本を読みつつしっぽり飲んだりとか。私たちもこのお店をつくるとき、こういう場にしたいっていう思いはSNSで発信をしていたんですけど、それってきっかけの一つでしかないと思っていて。皆さんがお店の雰囲気を感じて、この場を作ってくれているんだなぁっていう感じがします」

子どもたちのための駄菓子コーナー
「子ども大歓迎」。すべては「また来たい」のために。

地域のハブになる

酒屋さんだけでやっていた頃と現在とでは、お客さんとのコミュニケーションの取り方が大きく変わったそうです。

「小売りだけのときは、レジで少し雑談するくらい。話したとしても商品の話とか、おいしいお酒ありますか?とか。
実は困ったことがあって…という話には絶対ならない。でもこういった空間、例えばそこのカウンターで話をすると、実は最近子どもが、とか、父親がって話題になったりするんです。落ち着ける場所だと人間ってフッとスイッチがオフになってぽろりと悩み事を話せることがあるじゃないですか。そんな場所って、今、職場にも、家庭にもあんまりないような気がするんです。一人で悩みを抱えていて、行き詰まって、どうすればいいか分かんなくなっちゃう。でもここがなんとなく安心できる場所になったり、僕たちが社会福祉士と分かっていると、相談してくれたりするんですよね。酒屋だけだったらできないことだと思っていて、これこそ僕が角打ちをやりたかった一番の狙い

キッチンの前にはカウンター。一人で静かに飲みたいとき、店主と話したいときはこちらで。
絵本や雑誌と一緒に置いてある東京都の子育て応援ブック。読み入っている人には「興味ありますか?」と声をかけたり。

心のどこかに “誰かに相談したいけどできない” 気持ちを抱えている方が、自然と話をしたくなるような居心地のいい場所をつくることこそ、岩田屋商店が目指していたこと。「地域のハブになって、困っている人への情報提供ができたらいい」とご夫婦は話します。

「酒屋はお酒を買うだけになってしまって、会話が広がらない。でも角打ちがあれば、ビール一杯だけでも来る理由になるし、30分はいられるじゃないですか。僕は、お客さんを困らせたくないんですよ。お店の人忙しそうだな、どうしようかなって思っちゃったら、自分だったら相談したくなくなると思うんです。だから話しかけてもらいやすいようになるべくカウンターにいるようにしたり。敷居はめちゃめちゃ低く、ホスピタリティは高くありたいですね」

「人をつなぐ酒屋をつくる」という、始まったばかりの岩田屋の挑戦ですが、ご夫婦が思い描いていた場所に着実に近づきつつあります。

商店を経営しながら民生委員や保護司として活動する理由、岩田屋が目指す未来について聞いた【後編】はこちら

民生委員についてもっと知りたい方へ。民生委員・児童委員の事務局、全国民生委員児童委員連合会(全民児連)のご紹介
全民児連は、都道府県・指定都市民児協を構成団体とする全国段階の民児協組織です。
全国約23万人の民生委員・児童委員がそれぞれの地域でその力を発揮し、地域福祉の増進に積極的な役割を果たしていけるよう活動しています。
今年は、地域で一緒に暮らす民生委員が身近な相談相手であることを多くの方にお伝えするため、PR動画を作成しました。動画は無料で活用いただけますので、皆さまのお手元のSNSや学校、職場等でご活用いただき、民生委員の周知にご協力いただけますと幸いです。

民生委員マークは、幸せのめばえをしめす四葉のクローバーをバックに、民生委員の「み」の文字と児童委員をしめす双葉を組合せ、平和のシンボルの鳩をかたどって、愛情と奉仕をあらわしています

※5月12日(金)は「民生委員・児童委員の日」です

■noteの連載「地域共生を考える」

■リンク集
ご興味を持っていただいた方は、こちらのサイトもぜひご覧ください
・全国民生委員児童委員連合会

・地域共生社会のポータルサイト


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