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対話から始める休み方・働き方 デンマークの暮らし方

1月23日に開かれた、とびラボ企画「対話から始める休み方・働き方~デンマークの暮らし方」と題した勉強会では、日本からデンマークに移住して20年以上になる文化翻訳家のニールセン北村朋子さんが、「日本の労働時間は120年前のデンマークと同じ」という同国の暮らし方について講演しました。本勉強会に込めた企画提案者の思い、講演内容や職員との質疑応答、そこで得た職員の気づきなどを紹介します。

とびラボとは?
厚生労働省では、職員が今の担当分野にとらわれず、自分自身の関心で新しい出会いや学びを求めてチャレンジすることを応援する提案型研修・広報制度があり、通称「とびラボ」(とびだす“R”ラボ)と呼ばれています。これは、職員が関心のある政策分野に継続的にかかわることおよび厚生労働行政の政策分野における現場の支援者、当事者などと出会い、現場での実践に関する学びを深めることを支援することで、職員の厚生労働行政に関連する幅広い実践的な知識の習得および職務を行う意欲の向上を期待するものです。とびラボでは、職員が企画したこのような活動を発信しています。

デンマークの首都コペンハーゲンの眺望(左)。アンデルセンの人魚姫の像(上)

企画提案者の思い

2019年4月の「働き方改革関連法」の施行後、日本人の働き方はかなり変わってきており、テレワーク導入も進むなど、「仕組み」としての整備が進む一方、働く側自体の意識や考え方がその変化に順応できているとはいいがたい。それはたとえば、「職場に迷惑をかけて申し訳ない」との意識から、休むことに罪悪感を覚える人が少なくないという現実として表れています。

それに対して、「働くことと休むことのバランス」の実現を率先して行ってきた国があります。それが、デンマークです。同国は週の平均労働時間が37時間であるにもかかわらず、国際競争力ランキングで1位(2022年)、世界幸福度ランキングでも常に上位に位置しており、その働き方・休み方には、日本にとって学べることが多くあるとの思いからこのとびラボを企画しました。

高橋 淳
社会・援護局 障害保健福祉部 企画課 施設管理室

Part1 講演

週労働時間35~37時間で
5週連続休むことができるデンマーク

ニールセン北村朋子(文化翻訳家)
デンマーク南部に位置する、沖縄県程度の面積のロラン島に在住。
年1~2回、日本に帰国し、休暇に関する講演活動を行う。
教育にも高い関心があり、「フォルケホイスコーレ」という17.5歳以上の全ての人が入学できるデンマーク発祥の教育機関「人生のための学校」を「食」をテーマに設立準備中。自分の息子が通った「森の幼稚園」も仲間と一緒に立ち上げている

今回のとびラボ企画では、はじめに、ニールセン北村朋子さんがデンマークの有給休暇取得事情を現地在住の視点から詳しく解説してくれました。

有給休暇を取ると生産性が40%向上

1948年に国連総会で採択された「世界人権宣言」の第24条には、「すべての人は労働時間の合理的な制限および定期的な有給休暇を含む休息および休暇を持つ権利を有する」と書かれています。

また、1993に設立されたEU(欧州連合)各国の職業安定所を結んだネットワーク「EURES」のHPには、「年次有給休暇によって仕事生活のストレスや要求から解放されると、心が若返って、仕事に戻ったときにより健康な状態になることができる」「定期的な休憩はうつ病や燃え尽き症候群などの予防策として役立つ」「ただし、ストレスは再発するので、年間を通じて、年次休暇の計画を立てることが重要だ」と記されています。

さらに、米国の国際従業員給付制度財団(International foundation of employee benefit Plans)の調査によると、「年次有給休暇を利用すると従業員の生産性が最大40%向上し、病気休暇のリスクが28%減少する」とのデータもあり、従業員本人だけでなく、雇用している側にも有益であることが明らかになっています。このほか、長期間最大限の能力で働くと、心臓病や脳卒中など重篤な合併症のリスクが高まるという研究結果もあります。

ところが、私がさまざまな講演などを通して接する日本人は本当に忙しく、仕事に一生懸命で、休暇をあまり取っていません。「前回、長期の休暇を取ったのはいつだったかな?」と語る人がかなりいます。デンマークでは、そんな人には一人も会いません。

日本人に「なぜ休暇を取らないのですか」と聞くと、「私は仕事が好きなんです。無理やりやらされているわけではなく、自分で選んでこういう働き方をしています」と答える方が多いのですが、実はそれが既にワーカホリックの状態です。
仕事が好きと、休暇を取るとは全く別のもの。「仕事が好きだから長く続けていい」というのは、論理的にはおかしい。仕事が好きなのはいいことだと思いますが、それとは別に「人間は必ず休みを取らなければいけない」との認識を持つことが非常に重要です。

デンマークの1人当たりGDPは日本の倍

デンマークの週労働時間(図表1)は、最も古い記録が残っている1900年で60時間程度でした。その後、夫だけが働く形態からお母さんも働くようになり、家族のなかで働く人が増えると、家庭生活や社会生活が疎かになりだします。そこで「もう少し人間らしく暮らせるような労働時間とは?」「すべてのジェンダーの人が働いた場合、どのような時間的配分が適切か?」を模索した結果、1990年に週37時間に落ち着きました。

北欧では現在、週労働時間35時間や32時間、30時間に試験的に取り組んでいる企業があり、特にスウェーデンはかなり積極的ですし、デンマークも「実態としては平均週35時間程度ではないか」というデータもあります。にもかかわらず、昨年のデンマークの1人当たりGDP(国内総生産)は6万8,830ドルで、3万5,390ドルの日本のほぼ倍です。

ちなみに、日本の総務省が出している労働力調査では、週労働時間60時間以上の企業の割合は徐々に減少してきているものの、子育て世代である30代男性の週労働時間は10.2%が60時間以上(2020年総務省「労働力調査」)と依然として高い水準で推移しています。今も60時間以上働く日本の働き方はデンマークに比べて120年遅れており、これはかなり深刻な問題です。

デンマークの労働市場のルールは、労働組合と経営者団体というソーシャルパートナー間の合意で決まっていきます。同国では働いている人のほとんどが労働組合のメンバーで、その割合が非常に高い国の一つであり、EUのなかでも経営者と従業員間の衝突が最も少ない国の一つです。
また、労働市場の当事者同士が合意できる限りは政府が労働市場の条件に関与しないのが基本で、関与するのは本当にこじれたときだけです。

休暇は最低2週間以上続けて取るもの

デンマークでは現在、法律により企業従業員で年間25日(地方公務員は30日)の有給休暇取得の権利が保障され、土日を挟んで取得すれば年間5週間連続(地方公務員は6週間連続)休むことができます(図表2)。そのため、事業計画は「1年52週間からマイナス5~6週間」という期間で組まれており、年間46~47週間という日数のなかでどう仕事を進めていくかを考えることで、みんなが休める環境をつくっているのです。

有給休暇は毎年9月1日~翌年8月31日の期間で発生し、翌年年末までの16カ月の間に取得可能となります。そのうえで、「主要休暇期間」とされる5月1日から9月30日の間に「3週間連続の休暇」を取る権利がありますし、希望に応じてそれとは別のスケジュールで3週間連続取得も可能です。さらに、雇用主との交渉で休暇の前借りもできますし、その年にやむを得ず休暇が取れなかった場合は翌年に持ち越すこともできます。

ただし、主要休暇期間では少なくとも2週間連続で休暇を取得する必要があり、デンマークでは「休暇とは2週間以上続けて取るもの」との認識になっているのです。残り分の休暇も少なくとも1週間以上の期間で組み合わせて取得するのが望ましいですが、単独の休日として取ることもできます。

なぜ「最低2週間」なのかと言えば、1週間休暇では、最初の1~2日は仕事のことを考えがちで、3日目ぐらいから休暇に没頭できるようになり、4日目に初めて完全に仕事のことを忘れて休暇を楽しめる。でも、5日目になると、「あ、もうそろそろ仕事に戻らないといけないな」ということで、仕事のことがまた思い出されてきて、休暇最終日は「明日から仕事だ」となってしまうからです。1週間の休暇では、実質1日程度しか完全に仕事を忘れる日がない。だから、2週間ぐらい休暇を取れば、完全に仕事から離れて、「今、していること」「今、行っている場所」「今、一緒にいる人」のことだけを考えられる日が数日間確保でき、本当の意味でのリフレッシュができるわけです。

また、よく「デンマークでは雇用主が社員に『その期間は休暇を取らないでほしい』と要請できるのか」と聞かれますが、会社の運営上どうしても必要な理由があるなど非常に特殊な状況でのみ変更できます。たとえば、天変地異など雇用主にとって予期できなかったことが起きたときです。つまり、本当にイレギュラーなことでない限りは、休暇を取ろうとする社員を止めることはできないのです。会社都合による休日変更で、予定していた旅行をキャンセルしなければならなかった場合、雇用主はその経済的損失を補償しなければなりません。既に休暇が始まっている場合、雇用主は休暇を中断することもできません。もし、それでも電話やメールがきて、それに対応したりした場合、その従業員の休暇は最初からやり直しになります。

講演では、最近よく聞く「ワーケーション」にも触れられたが、「仕事を忘れてしっかり休むのが休暇。この言葉を聞くのは日本とアメリカの一部で、ヨーロッパでは全く聞かない」とのこと

自分が「おかしいな」と思うことは変えられる

今からかなり前、私が初めて入った日本の会社では、社員手帳にも、労働組合の手帳にも有給休暇が保障されていることが書いてありましたが、誰も取得していませんでした。「おかしい。社員手帳をよく読むように言われたのに、誰もそこに書かれていることをやっていない」と思って、社内のいろいろな人に聞くと「取らないよ。忙しいし」と言われ、「有休が取りたい」と言うと「変わったやつだ」という雰囲気でした。

私が所属する営業部で直属の上司だった部長は有給休暇取得に絶対反対でハンコを押してくれませんでしたが、たまたま私と一緒に「有休を取ろう」と言ってくれた1年先輩が副社長の秘書室所属だったので、副社長に話を振ってくれました。副社長はさすがに「ダメだ」とは言えないので、ハンコを押してもらい、先輩と一緒に有給休暇を取りました。

その後、入社3年目に有給休暇を4日間取り、週末と祝日をつなげて10日間、パリ旅行に行ってきました。その時もほかの先輩社員や直属の上司には「君たち変わっているね。誰も有休を取らないのに……」「入社3~4年目のぺえぺえが何をやっているんだ」などと言われましたが、翌年からみんな有給休暇を取り始めたのです。「あいつらが取っているならいいだろう」という感じで、私たちが彼らにとっていい言い訳に。そうやって、私は自分が「おかしいな」と思うことは言ってみる、そうすれば変えることができるという体験をしたのです。

しかし、似たようなことが今の日本では続いています。そんな状況に対して、お渡しした「休暇ワークシート」(図表3)を使って、「個人的理由」「所属先の理由」「社会的要因」と、「有給休暇を取れない理由」を分解して考えてみてください。そうすると、有給休暇取得のために「今すぐできそうなこと」や「少し時間をかけてやること」が見えてきます。

特に「所属先の理由」「社会的要因」をきちんと考えると、厚生労働省として取り組むべき仕事が見えてくるはずです。日本の休暇事情を大きく変えるためにも、厚労省に勤める皆さん自身が、「毎年どんな休暇を取りたいか」をイメージして、それを実現できるよう実践していくことが一番いいと思います。

Part2 対話

休みを取ることは当たり前の権利

講演後、参加者同士のディスカッションを経て、北村さんとの間で活発な質疑応答が行われました。

1日休む休暇をよしとしているのが日本の現状

――お話を聞いて、日本もデンマークのように、いずれは全員が長期休暇が取れる社会になればいいと思いますが、現状は「なぜ休むのか」という理由づけすら難しい。「日頃、早く帰れればそれだけでいいんじゃないか」と言う人もいれば、「私は時間休で、趣味に充てることが好きだ」と毎週水曜日の午前中を休む人がいるなど、各人の休みの取り方を集約しづらい感じです。

北村 結局、1日休む休暇をよしとしていることが今の日本の状況につながっていると思います。休むことは人権であり、休むことが前提になっていくのが、本来あるべき姿です。世界の先進国のなかで比べてみても、日本は、世界人権宣言で言われている人権を守るだけの休みが得られていないのが現実です。この課題は、できるだけスピード感を持って解決していってもらいたいと思います。

――計画的に休むことがすごく大事だと思いましたが、休むことが苦手な人は、仕事を残しながら休むのはつらいから遠慮してしまう。「この日、私は休みます」と明示をして、何かあったら周りの人がカバーするといった働き方を、みんなが同じ方向を向いて実現できれば休みやすくなると思います。

北村 デンマークでは、7月後半の3週間に休暇を取る人が多いです。「この期間に休暇を取りましょう」という流れがあって、もちろん職場のなかで少しずつずらすことはありますが、必ず年度初めにいつ休暇を取るかを全部決めて、そこに関してはよっぽどの突発事故でもない限り全くいじらない。そこで3週間夏休みを取ったうえ、残りの2週間はたとえば1週間はクリスマス休暇で取り、残りの1週間は学校が春夏秋冬と休みがあるので秋休みとして取ったり、2月などに冬休みとして取ったり。もちろん、秋だけで2週間、春だけで2週間休みを取る人もいます。

今回の参加者は10人がリアル参加で70人がオンライン参加と、テーマに対する関心の高さがうかがわれ、質疑応答の時間にも、複数の参加者から多くの質問が上がった

デンマークは週休2.5日で残業なし

――日本のように1日、2日といった形で単発的な休みを取ることはないわけですか。

北村 ないです。5週間の休暇以外に、たとえば「子どもの病気休暇」というのもありますし、そういう時はそれを申請すれば取れるようになっています。急に遠くから人が訪ねてくることになったとか、海外から友人が訪ねてくることになったので1日だけ休暇を申請ということもありますが、単発で1日だけ休むことはほぼないです。

――企業努力として、会社独自の休暇を設ける動きはありますか。

北村 あまりないです。デンマークでは業態別に労働組合があり、労働組合と経営者側の労使間の話し合いで決まることが多いので、「うちの会社だから……」ではなくて、業態全体が同じような休暇制度になっています。

たとえば、これは休暇の例ではないですが、メディア企業がストライキをやるとなった場合、新聞の発行もラジオ・テレビの放送も一斉になくなります。新聞はこないし、テレビは再放送を延々流している。公共放送だけは最低限のニュースを、「今日はストライキなので、5分だけニュースをお送りします」といった形で放送する。つまり、「ここで抜け駆けすれば儲かるぞ」みたいな動きはしないのです。
休暇に関しても、その業態全体で「こういう方向性で取得していこう」となります。

――長期休暇も大事だと思いますが、1日の労働時間内の休憩の取り方はデンマークではどのような感じでしょうか。また、日本では週休2日制が多いですが、デンマークはどうでしょうか。

北村 デンマークの人たちは7~15時、8~16時という時間帯で働き、残業はほぼありません。週37時間なので、金曜日は半日。ですから週休2.5日です。
労働時間内の休憩については、できるだけみんな早く帰りたいので、昼休みは短い。何時から何時まで休憩を取らなければいけないというルールはありませんが、昼の時間に20~30分で持参したサンドイッチを食べて仕事に戻り、15、16時の定時きっかりで帰ります。
できるだけ効率的に働いて、時間どおりに帰るという感じです。

本文では紙幅の都合で割愛したが、デンマークの先進的なデジタル化や整理整頓されたオフィス環境、残業代に対する日本との感覚の違いなども質疑応答のテーマとなった

日本は120年の遅れを今こそ取り戻すとき

――日本の働き方がチーム型であるのに対して、欧米型は属人的で、その人が休んでいる場合、「今日いないので後日にしてください」といった対応をするイメージがあります。デンマークも欧米型と思いますが、そこに日本が移行していくにはどういった工夫が必要でしょうか。

北村 デンマークは確かに欧米型で、各自それぞれ責任の範囲を有し、決定できる裁量権をかなり持たされて仕事をしています。
もともとそういった教育を受けていることもありますが、それだけの専門知識を持って、その仕事に就いていますので、上司の許可を得なくても一定程度、自己裁量権を発揮して決められます。
でも、基本的にはチームで働いているので、その点では日本と変わりません。ですから、日本のように「人に迷惑がかかると休めない」という言い訳をしていては、永久に休めない。仕事も社会も、迷惑を掛け合いながら「お互い様」で成り立っているものです。

そもそも皆さん、仕事は自分がいなくてもなんとなく回っていきませんか。そういうふうに組織ってできているので、そこまで自分で責任を感じる必要はなくて、当たり前の権利として休みを取ればいい。
それが当たり前なのだという文化をつくって、そろそろ日本も120年の遅れを取り戻してもいいのではないでしょうか。

企画委員から

広報誌『厚生労働』2024年4月号
発行・発売:(株)日本医療企画
編集協力:厚生労働省

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