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「明かりをともして、ここにいるよと伝えたい」 まちに明かりをともす酒屋イワタヤスタンド 社会福祉士×民生委員×保護司 ~地域共生社会を考えるvol.2【後編】~

岩田屋商店の3代目店主、岩田謙一さんと妻の舞さん。2022年11月に店舗を一新。酒屋に加え角打ち(※)「イワタヤスタンド」をオープンしました。※買ったお酒を店内で飲める酒屋のこと

実は、おふたりはともに社会福祉士の資格をもち、謙一さんは民生委員・児童委員(以下、民生委員)、舞さんは保護司という地域の福祉の担い手としても活躍しています。

【後編】では謙一さんが民生委員、舞さんが保護司として活動する理由、岩田屋が目指す未来について聞きました。

お二人が福祉の世界から飛び出して、“つながる酒屋”を始めた経緯について聞いた【前編】はこちら

民生委員の謙一さん、保護司の舞さんに会える場所

民生委員は40~50代でも「若手」と言われ、30代は全国でもわずか0.1%、数にすると200人程度(全国モニター調査)。民生委員があまり認知されておらず、なり手の確保が全国的な課題となっていますが、民生委員は、地域を支える縁の下の力持ちであり、活動を重ねるごとに「やりがいのある活動」とも言われています。

謙一さんは民生委員になりたかったと言います。

「ずっと福祉の仕事をしていたので、いきなり酒屋になって商売をすると、自分の中の “福祉感” がなくなってしまうんじゃないかっていう怖さや寂しさがありました。ずっとやりたいと思って始めた福祉の仕事だったので、感覚が鈍ってしまうのは嫌だなと思って。そこで前職からつながっていた墨田区役所の知り合いに、民生委員について聞いてみました。そしたら、社会福祉士、民生委員、いいね。という話になり、すぐに確認してくれました」

そこで、隣の校区に民生委員の欠員があることが分かり、謙一さんが担当することになりました。しかし、いざ民生委員をやってみると、区民がもつ民生委員のイメージに驚かされます。

「自分はずっと福祉の勉強をしていたので民生委員のことは知っていたけど、地域に住んでいる区民の方には、知っている人がほとんどいなかった。『民生委員ってなんですか?』って。本当はちょっとした困りごとを相談できる相手でもあるのに、高齢者の方は、“民生委員=経済的に困窮している人の相談先”と思っている方が少なくなくて。民生委員という言葉を使うと、“うちは生活困ってないから” と言われてしまいました。民生委員って本当はいろいろできて、無限の可能性があるのに

民生委員は、ひとりの地域住民として、「身近な相談相手」「見守り役」「専門機関へのつなぎ役」としての役割があります。これは、民生委員が困りごとを解決するということではなく、相談にのったり見守ったりする中で、必要に応じて専門機関に “つなぐ” ことが求められている、ということです。
地域住民として活動するので、年齢や分野を問わずにあらゆる人と関わりをもちやすい存在とも言えます。

「中には、民生委員を知らなくても、どんな活動をしているのか丁寧に説明をすると安心して話をしてくれる方もいらっしゃいます。困っていることがあったら話してほしいなと思いますし、安心して話ができない関係の中での相談って、本当の相談とは言えないと思うんです。だからこそ、民生委員という活動・肩書きがあることが自分の中ですごく有益なんです」

実際、最近、担当地区の住人がお店にやってきて「おばあちゃんが最近認知症になって、介護保険のことを知りたいんです」と相談しにきてくれたそうです。
それは、岩田屋の認知度が上がって、そこに民生委員がいる、ということを知ってもらえたからだと謙一さんは話します。

「やみくもに「私は民生委員です!」と声をあげても、本当に知ってほしい方には届かないと思います。今、僕ができる民生委員の啓発活動は、岩田屋商店を知ってもらうこと。この場所を知ってもらって、あそこに民生委員がいるんだって知ってもらう。一回来てくれたら話しかけやすいじゃないですか。何か困ったことがあったら岩田屋に来て「君だったんだね」みたいな。これこそ自分が思い描いていた地域福祉の最たるもの。
岩田屋商店は、困ったらきてください、じゃなくて常につながっている。相談しやすいし、“初めまして” がいらなくなる。
だから、自然と明日も行きたくなっちゃうような居心地のいい居場所づくりが必要なのです」

一方の舞さんも、イワタヤスタンドの店主のお仕事の傍ら、保護司としての活動を始めました。

民生委員は地域の見守り役ですが、保護司は、過去に過ちを犯してもう一度更生しようと地域に戻ってきた人たちの相談役のような存在です。
だからこそ、岩田屋のような場所が大事なんだと舞さんは話します。

「そういう人たちって地域の中で相当生きづらいと思うんです。人目につかないように、地域の目から隠れて生きざるを得ない。相談相手もいなくて、結局再犯してしまったり。そうした背景を持っている方を、地域の中で探そうと思ってもなかなか難しい。だから、私たち、岩田屋商店で ”まちに明かりをともす“ ってことをよく言っていて。ここで明かりをともして、ここにいるよって伝えたい。もちろん自分からも声かけに行きますけど、困ったらいつでもおいでって、行っていい場所なんだって。保護司だからというだけでなく、皆にとってそんな存在になれたらいいなって思っているんです」

未来の岩田屋商店はどんなお店になるのだろう

岩田ご夫婦の思いがいっぱいつまった岩田屋商店。でもまだまだこれからです、というお二人。これからどんなお店にしていきたいのか、舞さんが教えてくれました。

「まだ私たちも始めたばっかりなので、今後、この店をどういう風にしていこうかって今すごく考えています。お店の活かし方はきっといろんな方向性があるだろうなって。

例えば、独立型社会福祉士の事務所を併設したら面白いねとか、障害者雇用ができたらいいね、とか。いろいろ思いはあるのですが、まだ見つけきれてない。でも考えるのもすごく楽しくて。この店を、酒屋としてというかは…何だろう?場所?」

そうそう、だから酒屋としての活動はあんまりしてないんだ、と謙一さんは笑います。

「もちろん結果的に売上につながってくれれば、それが一番嬉しいことなんですけど。売上どうこうじゃなくて、とにかく、いろんな人が来てくれたら嬉しいです。今考えているのは、日中の比較的落ち着いている時間、この立ち飲みスペースを不登校の子どもが勉強できる場所とか、いろんな悩みを持った人たちが集まって話をする場所とか、何かに活用できないかと考えているんです」

また行きたいなぁと思ってもらえる場所をつくる。その理由は、美味しいお酒が飲めるからでもいいし、そこに行くとなんかいいな、という感覚でもいい。

「落ち着くなぁ、来週も行きたいなって思える場所があると生きていく上での幸せ度も全然違うだろうなって思うんです。そういうのがあると来週も頑張ろうとか、思えるじゃないですか。ここに来れば誰かと出会えて友達の輪が広がっていったりして。そういう場所でありたいです」

マークにこめられた意味

インタビューの最後に、イワタヤスタンドのマークの意味を教えてくれました。

「三日月と星二つ。でも実は三日月でもなくて、受け皿を表しているんですね。居場所、福祉サービスとかを福祉の言葉で “受け皿” というのですけど。あれは、みんなの受け皿。私たち2人とこのお店が、この街のみんなの受け皿になりますよっていう。星二つが私たちの象徴で。あ、大きいほうが妻で、小さい方が僕なんですけどね(笑)
そう、明るい受け皿があって、みんなが集まって、また来たいと思ってくれた人もこの星二つでまた明るくして。明かりをたよりにみんなが来てくれるような、街を支える場所になれたら、最高だなと思っていて。まさに、今ずっと話してきたような中身の全てが象徴されているんです」

舞さんも続けます。

「今までは地域の商店街とかで、子どもたちや高齢者をみんなで見守っていた。多分、そういう機能があったけど、今は商店街もどんどんなくなって、お互い干渉しないような時代になっちゃった。だからこそこういう場所が必要で。福祉とか関係なく、誰でもいい。来てくれるきっかけもお酒だったり、誰かに会いにだったり、なんでもいいのですが。そういう場所が私たちも欲しいし、ここはそういう場所になれたらいいなって思う」

自分たちが行きたい場所を作ったら、こんな素敵な場所になった。お二人の目指しているところがすごくはっきりしていて、そのための手段だったらなんでもいいってことなのですね、と尋ねたら、こんな答えが返ってきました。

「そう、酒屋は手段なんですよ。ゴールは “いかに地域がつながっていくか”。酒屋が街を変えるってなんか面白いなって。いろいろな手段を使って街を明るくしたいって思っています。まだまだ、これからですね。焦らずに」

インタビューにご協力いただき、ありがとうございました!実は、謙一さんとインタビュワーの田代は大学生の頃からお互いを知る仲。酒屋で民生委員で社会福祉士の謙一さん、社会福祉士で厚労省職員の田代、それぞれのフィールドで頑張っています。

インタビューを終えて

お店の雰囲気やお二人の人柄が “まちに明かりを灯す” という言葉がぴったりで、自然とまた来たいと思える空間でした。なにかあったらここ(岩田屋商店)に来ていいんだ。と思えることは地域の皆さんにとっても心強いことかと思います。
民生委員は、地域の悩み事や心配事を抱えている人に共感し、「他者の事」を「わがこと」と考え、100年を超える歴史のなかで活動しています。活動は多岐にわたり、「大変」と思われる方も多くいらっしゃると思いますが、活動が「ありがとう」につながる魅力的な活動でもあります。岩田屋商店さん同様、全国各地でさまざまな活動を行っていますので、全民児連としても、民生委員活動のやりがいなどをお伝えしていきたいと改めて感じました。(全民児連・中島)

「一人ひとりの悩みごとが外からもっと見えやすいものになれば」、「経済面、健康面、人間関係など、悩みが深刻なものになる前に、誰もが気軽に相談できる環境があれば」、福祉分野の施策に携わる行政職員として切にそう感じています。
岩田屋のご夫婦は、お客さまがふとこぼされた言葉にアンテナを張っています。そこに悩みの種が見えたら、少しお話を伺ってみたり、時には具体的な支援につなげたりしています。社会福祉士としての専門性や民生委員としての信頼性も手伝い、地域にとって気軽に悩みを相談できる温かな居場所になっていて、全国でもユニークな例ではないかと思います。一人ひとりの悩みごととの接点をどう捉えていくか、その地域にあったアウトリーチをどう展開するかといった視点で、行政職員として大変勉強になる取材でした。(厚生労働省・田代)

元々、社会福祉士として支援に携わられていたお二人。目の前の困っている人に直接支援を届けるアプローチから、より多様な人とゆるやかにつながり、いざというときに頼れる、街の受け皿へとその活躍の舞台を移しました。
連載1回目の記事で、”制度に人を合わせるのではなく、人の「暮らし」を中心に置いて、これまでの枠組み・考え方から「越境」して「つながって」いくことは、地域共生社会に取り組むカギとなりそうだ“と書きました。おいしそう、おしゃれ、行ってみたい。そんな自然な気持ちが誰かとつながるきっかけとなる、まさに日常の延長線上に福祉を潜ませている事例だと感じます。福祉に関心がある人もそうでない人も関係なくつながっていくお二人は、架け橋のような存在にも思えます。
誰かにとっての岩田屋商店のような場所、つまり、日頃からつながっていて、困ったことがあったら相談してみようかと思える安心できる場所が、もし各地域にあったらと想像するとわくわくして、”地域共生社会“ で目指している光景なんじゃないかなぁと思います。(厚生労働省・宍倉)

民生委員についてもっと知りたい方へ。民生委員・児童委員の事務局、全国民生委員児童委員連合会(全民児連)のご紹介
全民児連は、都道府県・指定都市民児協を構成団体とする全国段階の民児協組織です。
全国約23万人の民生委員・児童委員がそれぞれの地域でその力を発揮し、地域福祉の増進に積極的な役割を果たしていけるよう活動しています。
今年は、地域で一緒に暮らす民生委員が身近な相談相手であることを多くの方にお伝えするため、PR動画を作成しました。動画は無料で活用いただけますので、皆さまのお手元のSNSや学校、職場等でご活用いただき、民生委員の周知にご協力いただけますと幸いです。

民生委員マークは、幸せのめばえをしめす四葉のクローバーをバックに、民生委員の「み」の文字と児童委員をしめす双葉を組合せ、平和のシンボルの鳩をかたどって、愛情と奉仕をあらわしています

※5月12日(金)は「民生委員・児童委員の日」です

■noteの連載「地域共生を考える」

■リンク集
ご興味を持っていただいた方は、こちらのサイトもぜひご覧ください
・全国民生委員児童委員連合会

・地域共生社会のポータルサイト


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